産まれる!

このブログも解説から10年以上経過しました。作っている私も開設当初は学生でしたが、就職、結婚、家を買ったりなど、大なり小なり転機もありました。そして、ここにきてまた一つ大きな転機です。

それは、、、子供がもうすぐ産まれるのです!本日1月15日が予定日、、、なのですが、まだ産まれる兆候もなく、妻は寝てしまいました。

あと数日中にはきっとこの世に出てきて、生活が一変するんだろうな、と思います。今のうちにジャンクなものを食べたりしなければ、、、。

妻と二人の大人だけの生活も、少し名残り惜しい気もしますが、きっと産まれてきた子供との生活はそれで楽しいだろうなと思います。赤子は一番大きな可能性を持っているのも羨ましい。名前を決めるのも責任重大です。酒ばかり飲んでいるわけにもいきません。

このリノべーションした団地で暮らせるのかな、古建具はささくれだっているし、とか、海獣や海の生きものの英才教育を施そう、とか、そもそも名前を何しようとか、いろいろ思うところはありますが、、、。まずは妻も子も無事に産まれて来てほしいものです。

出雲大社界隈から下関まで~鳥取・島根旅行④~

2017年になりました。単身赴任先から帰省し、穏やかな正月を迎えております。このブログも12年目です。のんびり無理せず記録していこうかなと思います。今年もよろしくお願いいたします。

と、新年なのに恐縮ですが昨年春の山陰旅行の続き・・・。

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鳥取砂丘と日本のハワイを越えてさらに西を目指します。国道9号は一般国道ですが、途中から高速道路のような高架の高規格道になり、さらに有料の高速道路・山陰道になります。社会人の余裕に任せて高速道路でスピードアップ。おかげで鳥取県西部中心都市の米子市や島根県庁所在地の松江市もすっ飛ばしてしまうのですが。

そしてすっ飛ばして向かった先は、島根県の観光地で最も有名と思われる、、、出雲大社!縁結びの神様とかパワースポットとかいろいろあるようですが、最近観光客も増加傾向にある地域です。

山陰道終点の出雲ICを降り、北上します。田んぼの間を走ると出雲大社の門前町に入ります。

門前町の半ばで見つけたのは廃止されたJRのローカル線の駅、旧・大社駅。鉄心が疼きます。
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すでに廃線された駅なのですが、出雲大社をイメージした和風の木造駅舎は国の重要文化財になって保存されています。

中に入ってみると、開業当時の雰囲気をよく残して保存されています。天井も高く、窓口らしい”きっぷうりば”、がっしりしたカウンターなど素敵。
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昔の鉄道遺物の展示などもありましたが、その中に陶器製の駅弁用お茶入れが!
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陶器のお茶入れを求め小淵沢駅まで行った身としては引き付けられるものもあります。釉薬が塗られている、茶色のお茶入れは欲しいぞ。他に何か実用的に使うことはきっとできない形だと思うのですが。

旧大社駅を後にして、出雲大社前の門前町を歩いて出雲大社へ。この写真の奥に見えている鳥居が出雲大社の本殿かな、、、。
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電線が地下埋設されて、道路も石畳っぽくなり、両脇の商店も今どきの古民家風っぽい店と昔からのtraditionalなお土産屋さんが混在しているきれいな観光地っぽい。

大きな石柱に出雲大社とあります。
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参道を進むと立派な拝殿が見えてきます。拝殿前の参道が曲がっている。
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拝殿前。
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拝殿。太い大きなしめ縄。出雲大社も修理が終わって間もないようで、真新しい建物もちらほら。

御本殿の周りを一周して、
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ばばっと参拝して帰る。ちゃんと調べてゆっくり来たほうがおもしろかったかな、とも思う。

境内の中の桜が満開でした。
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天気はぱっとしないけれども。

門前町を歩いていると、また電車の駅を発見。
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出雲大社前駅。こっちは旧大社駅と違って現役で使用されている駅。一畑電鉄というローカル私鉄の駅なんですね。

何となしに中に入ってみると、、、
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こちらはアーチ状の天井にステンドグラスに吊り下げ照明と旧大社駅とは打って変わって洋風な内装。国鉄(JR)の旧大社駅と張り合ったのかな?出雲大社前駅の開業は昭和5年、旧大社駅は大正13年の建築のようです。

一畑電鉄の出雲大社前駅はホームに出ることが可能だったのでちょっと線路の具合を見てみることに。
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ベンチや蛍光灯の具合はひなびた雰囲気ながらも、堂々とした鉄骨アーチのホームの屋根。JRとは違う画一していない雰囲気が素敵です。こういう電車を使って旅ができる人はとてもうらやましい。贅沢なことなんだろうなと思います。そしてかつては旧国鉄とローカル私鉄の二本が出雲大社の門前町を終点とするくらい老若男女の参拝客が集まっていたのでしょうね。

出雲大社では参拝作法の違いや他地方神社との建築様式の違いなども面白かったのですが、その門前町の佇まいなどを眺めるのがおもしろく、そんな時間が長かったようにも思います。

 

しかし、のんびりしているわけにはいかない。この日のうちに山口県まで、できれば九州に入るくらいまで進む予定なのです。

出雲市からは山陰山陽を縦断する高速の一つの松江自動車道で南下し、広島県へ。中国山地の真っただ中で中国自動車道に合流しさらに西へ。広島市内の安佐SAで休憩。この辺で日が暮れてしまいました。

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さらに西へ西へ。中国道は山の中なので敬遠して、比較的海沿いで新しく線形の良い山陽道で西へ。

広島県から山口県に入って、高速を降りたのは本州の最西端の下関市。この日はここで泊まることにします。

高速を下りて本州と九州の間にある関門海峡を見に行くことにしました。
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関門海峡の向こうは九州。九州までは1㎞くらいかな?案外近くに見えます。そういえば何年か前に九州の門司側から下関側に海底のトンネルを通て渡ったことがありました。あれから8年も経っているよのか・・・。まだ社会人2年目くらいだった頃の旅です。そんなことを思い出しつつ、夜の海峡を眺めます。ここは潮の流れが速く、夜でも潮が流れているのがわかる。

明けた翌日。九州に入る前に橋のたもとの壇ノ浦PAへ。


本州側の関門橋の袂。これを渡れば九州。ようやく晴れてきた春の光の中、九州に上陸です。

 

今回の旅行で47都道府県のうち未踏だった鳥取県と島根県を訪問できました。あと未踏の都道府県は2県。大分県と鹿児島県です。九州に赴任している間に行こうと思います。

早春の鳥取砂丘と日本のハワイ~鳥取・島根旅行③~

未踏の山陰旅行の2日目。一人酒盛りをした鳥取温泉をチェックアウトし、朝の鳥取砂丘へ。

昨夜の訪問とは違う、観光シーズンには早すぎて観光客もいない寂しい雰囲気の砂丘西側(子供の国側)の無料駐車場に車を止め、海まで歩くことに。
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足元の砂の上にはちょろちょろと草の新芽が出ております。春です。鳥取砂丘は砂丘の維持のため植物を抜いている作業を行っています。世界的には砂漠化や土地劣化で植生の衰退に喘いでいる中、豊葦原の国は恐ろしいものです。

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あまりにも漠として広い風景。現在地がよく分からなくなるのか、たまに地面から生えている道標が頼りです。

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歩いてきた道を振り返ると、足跡がずーーーっと残ります。歩いてきた跡がわかる道。

やがて日本海へ。
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春浅く、曇天で鉛色の空が広がる日本海。気がめいりそうな空模様ですが、日本海側育ちの身には少し懐かしい気もします。

寂寥とした海と砂の風景を見て満足します。あまり時間もないので車に戻ります。今日は鳥取県をさらに西進し、島根県を経由してさらに山口県までいかねばならないのです。

鳥取市街に戻り、国道9号を西に向かって島根県へ。県境付近にあった道の駅”はわい”

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日本のハワイ。漢字では羽合と書くようですが、こういうのは嫌いじゃないです。むしろ好き。春というよりむしろ冬の寒々とした空の下というギャップも、鼻の下がツンと痛くなるようなやるせなさが好き。

道の駅”はわい”を越えて、到達45県目になる島根県を目指してさらに西へ!

2016年の旅なので2016年中にアップを終えたかったのですが、時間切れです。あと一回新年明けにでも。来年もどうぞよろしくお願いいたします!

夜の鳥取市街~鳥取・島根旅行②~

未踏だった山陰をめぐる今回の旅行。兵庫県から西進して、鳥取砂丘で日暮れを迎えたので、今夜は鳥取市内で宿泊です。

鳥取といえば砂丘(とそこで栽培されるらっきょうや梨)のイメージが強いですが、鳥取は泊まるにはいい街なのです。なぜなら県庁所在地にもかかわらず駅前に温泉が湧いているから。この温泉は、最近の掘削技術の進歩によって深々と井戸を掘って温泉というか地下水を無理くり出す温泉ではありません。100年以上の歴史があるらしい由緒正しい温泉です(詳しくは鳥取市のサイトを)。紀行作家の宮脇俊三先生も”鳥取駅で長時間停車をする各駅停車列車に乗ったなら駅前で一浴することも可能”といった趣旨を書かれていたような・・・。

私もこの日は鳥取駅が徒歩圏内の温泉旅館に泊まることにしました。夕飯もまだなのでチェックインしてから夕食を求めつつ街をうろうろしてみることに。

何かあるかなー、と思ってまずは鳥取駅に。なんとなく駅に行けば何かあるだろう、、、という思いがあります。駅は街の顔ですし。
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なかなか立派な鳥取駅。高架の駅です。非電化の在来線のみの線路ですが、最近出来た田舎の新幹線の駅より風格がある。さすが県庁所在地。

構内には砂のコナン像。
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鳥取といえば砂!で、これに鳥取県出身の青山先生のコナン。鳥取らしいのかな。

駅を出て、駅前のアーケード街のほうへ行ってみます。
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、、、人がいないぞ。店も開いていないぞ。19:40くらいなのでそんなに遅い時間でもないのですが、日曜の夜だからか。。。夕ご飯に一人で居酒屋に入る気分でもないなぁ、、、と思って写真右の店には入らず。

鳥取県自体の人口が50万人台で、その県庁所在地の鳥取市の人口も20万人を切っている市という認識はありました。が、やっぱり寂しい。

アーケードを抜け、歩いていると”大物な雰囲気のある交差点”に出ました。
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↑これ面白くて、思わず写真に。左の高いビルは映画館”鳥取シネマ”。シネコンじゃない映画館が生きているんですね、鳥取では。20万人クラスの都市でシネコン以外の映画館が街の一等地に生き残っている街がどれほどあるでしょうか。

そしてその隣にある店が不思議な名前のお店。”万年筆博士”さん。既に閉っていますが、ただならぬ匂いを周りに振りましているので↑写真を撮った後、交差点を横断して店の前に。
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いや、”万年筆博士”という名前の”万年筆”はモチーフか何か(南仏の保養地名の「コート・ダジュール」がカラオケ屋さんの名前になっているように)で、オサレカフェ的なものかと思って近寄ったのですが、ガチな万年筆屋さんでした。しかも職人さんがしっかりと作りこんでいる万年筆。改めて万年筆博士さんのサイトを見ると買いたくなります。
このようなお店が街の一等地に成立しているということ、映画館の存在からも鳥取の文化程度は高そうです。駅前が猥雑で賑やかな街は関東にごろごろしていますが、このような街がどれだけあるのか。

文化には敬意は払いますが、夕飯のため一人で入ろうかな、、、という店はみつからず。。。です。

このパターンのときは幹線国道沿いにあるスーパーに行くのです。22時くらいまで開いているし、地元っぽい食材や酒も買えるのです。

再び車のエンジンを廻して買ってきたのがこちら。
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鳥取県智頭町の諏訪娘と鳥取県岩美町の瑞泉(同じ銘柄の大泡盛メーカーがありますが、私は白百合のほうが好きです)。酒の相手は山陰名産とある「するめ糀漬」に、お店にあったとうふ竹輪二種。そして一個前の記事ででてきた浜坂駅のある浜坂直行便のホタルイカ!

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なかでもこのホタルイカ。良いです。酒にあう。いくらでも酒が飲めそうな。部屋に戻って事実あっという間に2合の日本酒が空きます。追加で酒を求めて外へ。、、、ま、客観的に見るとおっさんが一人で温泉旅館で酒盛りをしているだけなので、侘しいことこの上ないのですが(^^;

しかし見知らぬ街のホテルで行う一人酒盛りがこんなに楽しいのはなぜなのか。酒は上等じゃなくて良い(この日は上等だけど)。つまみも上等ではなくて良い(この日は上等だけど)。コンビニで買う酒とつまみでいい。ただしホテル一人宴会の時の酒はアルコール度数は15度以上のやつに限ります!。

この宴会のためにビジネスホテルに泊まっても良いくらい好きです。

未踏地の山陰へ~鳥取・島根旅行①~

昔から旅行が好きであちこち行ってきました。振り返ってみると、日本の47都道府県のうち、まだ行ったことのない県も少なくなってきており、数県を残すのみです。2016年4月現在、鳥取・島根・大分・鹿児島の4県が未踏です。

やはり東国で育ってきただけあって、西国に未踏の県が残っています。せっかく西国に所領替えされるので、この際、これらの未踏地にも行ってこようと想い、まずは山陰二県に出かけることにしました。(と言っても、出かけたのはもう半年以上前でサクラの咲いていた季節なのですが・・・)

今回の旅行は自分の車で行きます。車で山陰に行くとなると中国道+鳥取or米子or松江自動車道が最速と思われますが、今回は一般国道と県道で兵庫県の日本海側から西に進み、鳥取・島根に入り九州に入るというルートにしいました。兵庫県は何度か行ったことがありますが、全て神戸近郊の瀬戸内側のみ。日本海側の様子も見てみたいな、と思いまして。

季節感がまるで合っていないですが、こんな時期の旅(^^;
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道の駅「あゆの里 矢田川」のサクラ。満開です。

兵庫県の日本海側にはずーーーーーっと、気になっていた場所があって、それは”餘部鉄橋”。志賀直哉先生の城崎やコウノトリの豊岡ではなく、鉄橋。兵庫県の日本海側といえば鉄橋だったのです。鉄道紀行文の大家・故宮脇俊三先生の著作などですり込まれ続けたのがこの鉄橋。列車が地上から何十mも高い鉄橋上から転げ落ちるという信じがたい事故も私の物心がつかないくらいのときに起こっていた鉄橋です。

こんな動機で餘部鉄橋を訪れることにしました。内陸の矢田川の道の駅からぶーんと運転して、北上。程なく日本海岸へ。香美町の中心部を通って国道178号でぼんやり西進していると、道路の上を通っていくか細い橋が突然視界に入ってきます。餘部鉄橋らしいです。おおー!!と思って橋の下にある道の駅”あまるべ”に駐車。見上げるとこんな感じ。ちょうど2両編成の列車が鉄橋を通過していきました。

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鉄橋の脇に歩道が付いていて鉄橋の上の展望台まで歩いて登れるようなのでせっかくなので行ってみることに。

登る途中、桜が満開なところがあり休憩。

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手前が旧餘部鉄橋。鉄骨でまさに”鉄橋”というイメージ。私の中の餘部鉄橋のイメージもこの赤い鉄骨の橋だったのですが、最近架け替えられました。奥のコンクリ造りが現役の餘部鉄橋。現役の方はあまり鉄橋感は乏しい。旧鉄橋は完全には撤去されず部分部分が残されていました。

展望台は旧鉄橋の上に設けられていました。先っぽは線路が一部残されて、右側は現鉄橋。
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鉄橋の上からは深緑の日本海と、瓦屋根で統一された民家と桜。美しい。
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軽薄な新興住宅街では見られないような素晴らしい景色です。

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この季節に旅してよかったな、と思います。赤い瓦の民家もポツポツ見られるように。この赤い瓦は島根特産の石州瓦かな?なんとなく山陰に入ってきたように感じて嬉しい。

餘部鉄橋を後にしてさらに国道を西へ。鳥取県を目指すのですが、兵庫県境のその名もズバリな新温泉町の中心の浜坂駅前に迷い込んでしまいました。↓浜坂駅舎。
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正しい”温泉地の駅”。駅舎が良いですね。浜坂駅舎は古すぎない古さがあり、私の子どものころの昭和末期~平成初期の頃(つまり国鉄末期~JR初期)の地方のそこそこの駅はこんな感じだった気がします。ちょっとした駅でも橋上駅になる現代の街づくり事情ですが、このような駅は骨董品的な古さの駅より妙に懐かしい。

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駅前には歓迎ゲートがあってお土産屋さんがあって。。。茶化すわけではなくこういう温泉町に家族で列車で来てみたかった。今も両親は健在なので引っ張ってくることは出来るのですが、自分が小学生くらいの頃に親に引っ張って連れてこられるあの感覚はもう無いですし、そんな時に訪れたかったような。浜坂駅で思いがけず、妙に懐かしい気分になりますが、久しぶりの一人旅のせいか、いつもと違う方向に気が向きます。

少し空も明るくなって来たので、国道に戻ってさらに西進し、未踏の鳥取県へ入ります。

鳥取といったらやっぱり砂丘!日が暮れる前に砂丘に行きたくて鳥取県に入ってからはノンストップ。
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着いた鳥取砂丘。ラクダ乗り場かな?
ラクダのみの撮影でも有料という注意書きがついているラクダ乗り場。ラクダ自体いなかったけど。
 
ラクダがいないので足で海辺まで行ってみる。雲は低く垂れ込めているけど穏かな春の日本海でした。
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この辺で日が暮れてタイムアップ。砂丘は消化不良なのでまた明日早起きして来てみよう、と思います。

この日は砂丘からも程近い鳥取市街で宿泊することにしました。

カメラ交替!

詳細プロフィールページにこのサイト作成で使用している(使用してきた)カメラの一覧があります。

ここにあるとおり、しばらくメイン機材というのか、陸上の撮影で一番で勝負を掛けるカメラはCanonの一眼レフカメラの”EOS 40D“でした。これは2007年の発売のカメラ(私が購入したのは2008年)。9年前に発売されたカメラで、さすがに今発売されているカメラに比べると、スペック上はロートルも良いところです。動画も撮れないし、高感度設定はISO3200まで。AF測距点も9点。発売された当時は画期的なカメラでとても高い評価を得ていたカメラです。

購入から8年が過ぎましたが、今でも元気に動いているし、今売られているカメラに比べれば低いスペックですが、そんなカメラを根性で精一杯ぶん回す感覚も好きだったのです。独身時代にボーナスを握り締めて買いに行ったという思い出もありますし。

なので、動かなくなるまで使い倒そう、と思っていたのですが、、、。

ここ最近、夜間にカメラを持ち出すことが多いのです。昼間は特に不自由は感じないのですが、夕方から夜、明け方など暗い条件になると、スペック不足を痛感します。さすがに高感度域の撮影はきつく、40DはISO3200まで設定で来ますがノイズを考えると、常用はISO800程度、緊急的にISO1600も使いますが、それでも今売られているカメラがISO25600まで設定可能とか見ると心が疼きます。

なにより、この高感度域が使えないために、いろいろ撮り逃しているものもあると実感してきたこと(知床のシマフクロウの撮影時でもこれは感じたのですが、この時は単発イベントだったため買い替えまでは決心しませんでした、、、当時買い換えようと思うほどのカメラが売り出されていなかったこともありますが)、そして来年1月にはとても重要イベントの予定がありまして、それまでに新しいカメラを購入し慣れておきたいと思ったことから、新しいカメラの購入に踏み切ることにしました。

 

10月中ごろ、横浜に帰ったついでに秋葉原に寄って買ってきました。新しいカメラ。

購入したのはCanonのEOS 7D Mark2。このカメラは2014年10月の発売。実は7D Mark2がCanonから発表された時から「40Dが壊れたら、次に買うカメラはこれ(か、こいつの後継機)になるだろうな。」と思っていたのです。40Dが予想以上にがんばってくれたので、思ったより購入が遅くなってしまったな、というのが実感です。世間的にも今さら7DMark2かよ!という気もします(^^)
まぁ発売から時間が経っている分、本体の値下がりも進んでいたので、ありがたかったです。40Dの購入時よりむしろ安い値段でした。もっとも40D購入時はレンズ付きのセットだったけど。

機種選考に迷いは無かったので、価格.comで7DMark2を店頭販売ありで最も安く売っている関東周辺の店を調べて、購入しました。通販にしなかったのはやっぱり対面販売のほうが安心感、ワクワク感がありますしね(^^)

買ってきたので記念撮影。(これはEOD 40Dで撮影)

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買ったのはレンズキットではなく、カメラ本体のみ。40Dで使っていたレンズをそのまま使います。新しいカメラが入っている箱の開封はドキドキします。

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買ってきた7D Mark2。どんな写真が撮れていくのでしょうか。へっぽこな腕で使いこなすことができるのか。。。
さっそくストラップを取り付け、ファームウェアが一個前のものだったでバージョンアップしました。↑の写真も40Dで撮影。旧カメラで新カメラを撮影。

 

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7D Mark2と40Dを並べたところ。本体の大きさはあまり変わりません。重さは80gほど7D Mark2のほうが重いようですが実感は無いです。撮影に使用するシャッターボタンやISO変更などに使う主なボタンやダイヤルの位置もあまり変わりません。まぁ同じメーカーのカメラですし・・・。この写真はG12で撮影です。

背面から。
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左が7D Mark2。右が40D。パッと見、ボタン配置もあまり変わらないですが、7D Mark2のほうが動画撮影機能のためのスイッチなど、この手の操作系のボタン類の数が少し増えています。

 

さて、見た目はあまり変わらない2機種ですが、中身は7D Mark2は進化していて感動しました。

発売日で7年くらい差がありますが、この間でこんなに進化していたのかと。。。(7D Mark2は40Dの後継で現行機種のEOS 80Dより上位機種になるので、直接的な後継機種ではないのですが、、、。)

40Dも良いカメラですし、昼間に撮るなら少なくともこのブログにアップする画像くらいのサイズで考えると、そこまで差が出るとも思わないのですが、夜間や明け方夕方など条件が厳しくなると、カメラの地力の差がはっきり出てきます。40Dの高感度はせいぜいISO800まで、緊急的にISO1600も使っていましたが、ノイズがひどくなってきました。7Dmark2はISO1600は普通に使えます。ISO6400でも40DのISO800よりノイズが出ない。ISO12800のノイズくらいが40DのISO1600くらいでしょうか、個人的な感覚では。画期的なことです。画素も1010万→2040万画素とほぼ2倍に。出てくる写真が大きい

他にもAFの詳細な設定が可能になっていたり、動画撮影が可能(しかもフルHD画質。今の時代では当たり前なのかも??)になっていたり、レンズごとにピント調整が保存できるようになっていたりと、とてもすぐに使いこなせるものではない。40Dでは無意識に出来てたことができない。

機材に使われているというか。操作にもたもたしているうちにシャッターチャンスを逃すこともしばしば。そんなモタツキに自分自身もいらいらします。機材の錬度を上げねばと思います。