ささやかに祝杯

昨日の記事のとおり子供が産まれました。子供と妻はまだ何日か入院予定ですが、今日から私は自宅で寝泊まりです。帰ってくる準備もぼちぼち始めなければなりません。

一昨日の夕方に慌てて産院に駆け込みました。家を飛び出るとき、心は慌てているのですが、一方で”次にここに帰ってくる頃には3人家族になっているのかな・・・”と妙に冷静にぼんやり思っているのを覚えています。家に入ると台所の洗い物などが2日前のままおいてあります。洗い物を眺めていると、わずか2日前なのにずいぶん時間が経ったような遠い過去のように感じます。

 

夕飯はささやかに一人で祝杯。


 →続きを読む

産まれた!

タイトル通り、本日未明に無事に子供が産まれました。子供も妻も健康でほっとしております。

単身赴任先から帰ってきて、タイミングよく出産に立ち会えて、子供を産もうと全力で頑張る妻の姿を見ることが出来て、また子供の産声を聞くことができて本当に良かったです。

正直なところ、出産前の私は、出産立会いには消極的でして、産院までは搬送が心配だから付いていくけど、立ち会うのは出来るかなー、、、というくらいでした。出血や産みの苦しみの母親を見て倒れる父親の話などを多く聞きかされていたので。。。

実際に立ち会っての感想は、血などのそっち方面の衝撃は思っていたほど大したことがなく、でした。

まぁ立ち会い出産といっても父親自身がいろんなモノを触るわけではないですし、私は単身赴任先の港町で30cmくらいのブリを頂いては自分で解体しておりまして、そっちのほうが血や臓器にはダイレクトだという感じでした。子供(妻の?)の胎盤の構造などは生物学的にも興味深かったですし。
そして出産の最後には妻と子供を結ぶ臍の緒を切る役目も果たすことができました。臍の緒を切るとき、月並みな言葉ですが、この二人を全力で守っていかなければなぁと改めて強く思いました。

しかし、一昨日、出産を促すために根津神社のあたりやパンケーキ目的で銀座をうろうろしていた妻が、その翌夜に出産です。こんなにすんなりと進むとは思っていなかったので私もびっくりです。根津神社の霊験のおかげ?今後もし根津神社が安産の神様と売り出した際には推薦します!お礼参りに行かねばです。

子供のほうは産まれたばかりでとても小さく脆く壊れそうですが、指を差し出すとしっかり握り返してきました。

小さいけど必死に生きているんだなと、何か責任のようなものを感じますし、アザラシや海獣、その他海の生き物に関する英才教育を施そうとも思います。

子供をダシにして、大手を振って水族館の子供向けイベントに出ようと思います。それもまた楽しみです。

産まれないので、、、

出産予定日を過ぎても我が子が産まれないので、本日も出産を促すために、妻と散歩に出ます。かかりつけの医院からは、出産を促すために身重でも一日3時間くらいの散歩や柔軟体操(?)などを推奨されています。出産間際の妊婦さんがこんなにハードだとは思わなかった。単身赴任先で車生活に慣れ切っている私のほうが先にへばりそう・・・。

本日1月18日の行き先は東京の下町~銀座方面。妻のプランによると谷中や根津神社あたりの下町のお店やオサレカフェを冷やかした後、銀座でパンケーキを食べるそうな。

 

まずは千代田線の千駄木駅へ。歩いて谷中銀座のお惣菜屋さんや今どき和風オサレカフェに寄ったのち、根津方面へ。

今年はまだ初詣をしていないなー、ということで東京大学の裏にある根津神社に寄ることにしました。

重要文化財の本殿・社殿は赤や金で彩色豊かでした。1600年代の建立とのことですが、きれいに保たれているな、と思います。そして戦災で焼失せず残ってくれて本当によかったと思います。

根津神社は安産の専門の神様ではなさそうでしたが、目下の願いである安産もついでに祈願。須佐之男命から菅原道真公まで幅広く祀ってあるそうですから、どなたかに聞いて頂けるかもしれない。


 →続きを読む

産まれ、、、ない

一昨日は子供の出産予定日だったのですが、本日1月17日も産まれる気配はなく、自宅待機をして、昼からは妻と産婦人科行きです。ここ数日の横浜の天気は快晴。我が家からは冬の冴え渡った空の下、真っ白に冠雪した富士山の頭が丹沢の峰々の向こうに見えています。

こんな日に産まれてきたら気持ちいいだろうと思うのですが、我が子は少々のんびり屋のようで。。。
 →続きを読む

産まれる!

このブログも開設から10年以上経過しました。作っている私も当初は学生でしたが、就職、結婚、家を買ったりなど、大なり小なり転機がありました。そして、ここにきてまた一つ大きな転機です。

それは、、、子供がもうすぐ産まれるのです!

本日1月15日が予定日、なのですが、まだ産まれる兆候もなく、妻はいつもどおり寝てしまいました。

あと数日中には、きっとこの世に子供が出てきて、生活が一変するんだろうな、と思います。今のうちにジャンクなものを食べたりしなければ。

 

妻と二人の大人だけの生活も少し名残り惜しい気もしますが、きっと産まれてきた子供との生活はそれで楽しいだろうなと思います。赤子は一番大きな可能性を持っているのも羨ましい。名前を決めるのも責任重大です。酒ばかり飲んでいるわけにもいきません。

このリノべーションした団地で暮らせるのかな、古建具はささくれだっているし、きっと指にとげを刺さらせて大泣きするだろうな、とか、海獣や海の生きものの英才教育を施そう、とか、そもそも名前を何しようとか、、いろいろ思うところはありますが。まずは妻も子も無事に出産を乗り越えることを願うのみです。

出雲大社界隈から下関まで~鳥取・島根旅行④~

2017年になりました。単身赴任先から帰省し、穏やかな正月を迎えております。このブログも12年目です。のんびり無理せず記録していこうかなと思います。今年もよろしくお願いいたします。

と、新年なのに恐縮ですが昨年春の山陰旅行の続き・・・。

================================

鳥取砂丘と日本のハワイを越えてさらに西を目指します。国道9号は一般国道ですが、途中から高速道路のような高架の高規格道になり、さらに有料の高速道路・山陰道になります。社会人の余裕に任せて高速道路でスピードアップ。おかげで鳥取県西部中心都市の米子市や島根県庁所在地の松江市もすっ飛ばしてしまうのですが。

そしてすっ飛ばして向かった先は、島根県の観光地で最も有名と思われる、、、出雲大社!縁結びの神様とかパワースポットとかいろいろあるようですが、最近観光客も増加傾向にある地域です。

山陰道終点の出雲ICを降り、北上します。田んぼの間を走ると出雲大社の門前町に入ります。

門前町の半ばで見つけたのは廃止されたJRのローカル線の駅、旧・大社駅。鉄心が疼きます。
img_4991
すでに廃線された駅なのですが、出雲大社をイメージした和風の木造駅舎は国の重要文化財になって保存されています。

中に入ってみると、開業当時の雰囲気をよく残して保存されています。天井も高く、窓口らしい”きっぷうりば”、がっしりしたカウンターなど素敵。
img_4992

昔の鉄道遺物の展示などもありましたが、その中に陶器製の駅弁用お茶入れが!
img_4993
陶器のお茶入れを求め小淵沢駅まで行った身としては引き付けられるものもあります。釉薬が塗られている、茶色のお茶入れは欲しいぞ。他に何か実用的に使うことはきっとできない形だと思うのですが。

旧大社駅を後にして、出雲大社前の門前町を歩いて出雲大社へ。この写真の奥に見えている鳥居が出雲大社の本殿かな、、、。
img_5006
電線が地下埋設されて、道路も石畳っぽくなり、両脇の商店も今どきの古民家風っぽい店と昔からのtraditionalなお土産屋さんが混在しているきれいな観光地っぽい。

大きな石柱に出雲大社とあります。
img_5007

参道を進むと立派な拝殿が見えてきます。拝殿前の参道が曲がっている。
img_5041

拝殿前。
img_5037
拝殿。太い大きなしめ縄。出雲大社も修理が終わって間もないようで、真新しい建物もちらほら。

御本殿の周りを一周して、
img_5019
ばばっと参拝して帰る。ちゃんと調べてゆっくり来たほうがおもしろかったかな、とも思う。

境内の中の桜が満開でした。
img_5043
天気はぱっとしないけれども。

門前町を歩いていると、また電車の駅を発見。
img_5046
出雲大社前駅。こっちは旧大社駅と違って現役で使用されている駅。一畑電鉄というローカル私鉄の駅なんですね。

何となしに中に入ってみると、、、
img_5054
こちらはアーチ状の天井にステンドグラスに吊り下げ照明と旧大社駅とは打って変わって洋風な内装。国鉄(JR)の旧大社駅と張り合ったのかな?出雲大社前駅の開業は昭和5年、旧大社駅は大正13年の建築のようです。

一畑電鉄の出雲大社前駅はホームに出ることが可能だったのでちょっと線路の具合を見てみることに。
img_5048
ベンチや蛍光灯の具合はひなびた雰囲気ながらも、堂々とした鉄骨アーチのホームの屋根。JRとは違う画一していない雰囲気が素敵です。こういう電車を使って旅ができる人はとてもうらやましい。贅沢なことなんだろうなと思います。そしてかつては旧国鉄とローカル私鉄の二本が出雲大社の門前町を終点とするくらい老若男女の参拝客が集まっていたのでしょうね。

出雲大社では参拝作法の違いや他地方神社との建築様式の違いなども面白かったのですが、その門前町の佇まいなどを眺めるのがおもしろく、そんな時間が長かったようにも思います。

 

しかし、のんびりしているわけにはいかない。この日のうちに山口県まで、できれば九州に入るくらいまで進む予定なのです。

出雲市からは山陰山陽を縦断する高速の一つの松江自動車道で南下し、広島県へ。中国山地の真っただ中で中国自動車道に合流しさらに西へ。広島市内の安佐SAで休憩。この辺で日が暮れてしまいました。

img_5056
さらに西へ西へ。中国道は山の中なので敬遠して、比較的海沿いで新しく線形の良い山陽道で西へ。

広島県から山口県に入って、高速を降りたのは本州の最西端の下関市。この日はここで泊まることにします。

高速を下りて本州と九州の間にある関門海峡を見に行くことにしました。
img_5062
関門海峡の向こうは九州。九州までは1㎞くらいかな?案外近くに見えます。そういえば何年か前に九州の門司側から下関側に海底のトンネルを通て渡ったことがありました。あれから8年も経っているよのか・・・。まだ社会人2年目くらいだった頃の旅です。そんなことを思い出しつつ、夜の海峡を眺めます。ここは潮の流れが速く、夜でも潮が流れているのがわかる。

明けた翌日。九州に入る前に橋のたもとの壇ノ浦PAへ。


本州側の関門橋の袂。これを渡れば九州。ようやく晴れてきた春の光の中、九州に上陸です。

 

今回の旅行で47都道府県のうち未踏だった鳥取県と島根県を訪問できました。あと未踏の都道府県は2県。大分県と鹿児島県です。九州に赴任している間に行こうと思います。